「米国で参加型ジャーナリズム研究の第一人者で、自ら参加型ジャーナリズムのベンチャー事業を立ち上げたダン・ギルモア氏が、『ブログ 世界を変える個人メディア』(平和博・訳 朝日新聞社)の日本刊行に際し来日します。ギルモア氏は「日本のブロガーとぜひ話をしたい」と語っており・・・(以下略)」
ということで、「日本のブロガー」には箸にも棒にもかからないわたくしですが、たまには自分が主催者ではないイベントに参加するのも見聞を広めるのにいいな、と思いまして。また、米国での既存メディアとブログの活用法などは、以前ワシントンポストの人と話した時も日本と若干異なった視点を持っていて、興味深かったので行ってきました。内容は↓な感じでした。英語だったので、若干ニュアンスが異なるところもあるかもしれませんが、あくまで私の和訳、ということでご勘弁を。
来日した偉い人:Dan Gillmor氏
Dan氏のブログ:http://www.bayosphere.com
かつては新聞社に勤務。1985から2000年まで、サンノゼマーキュリーにてテクノロジーコラムニスト。シリコンバレー関連記事での有名人。現在もFinancial Timesで月に2度コラムを書いている。
−ブログも盛んだが、新聞ももちろん死んでいない。記者業から少し離れたとは言え、新聞を否定するわけではない
−マスメディアと個人ジャーナリズムの共生が理想的。どちらがどちらに勝つ、という構図ではなく
−現在のDan氏のブログ状況について。昔のブログでは「荒らし」があった。今はコメントをポストするにもe-mailアドレスを通知することが必要なようにした。つまり、ジャーナリストと同様の行動様式をするようにという意味合いでブログをやっている。自らもコメントをする人も本名での活動を基本とする。その結果、寄せられるコメントを含め、ブログのQuality は向上し、ジャーナリズムと同様の質に近づいている。
−ただ、別に自らと同様の行動様式を取ることを強制しているわけでもなく、このスタイルが気に入らなければ他のブログで今までと同様の行動様式(「荒らし」、「匿名コメント」)が行えるようなブログでコメント、書き込みをしてもらえればいいと思う。
−Oh my newsという、プロの記者、個人記者のco-workがうまくいっている例も存在する。でも、Dan氏はブログを個人で運営している。他の誰かの記事を編集すると、現在の米国の法律上では、その記事に対してDan氏法的な責任を持ってしまう。自らが関わるものに対する法的責任に対しては敏感&責任を持っている
−ブログの書き込み内容の信頼性確保、担保についてはどのように考えているのか---何も保証しない、担保しない。どのメディアでも担保されるものでもない。ブログに限ったことではない。読者は常にメディアを疑ってかかる必要があり、数多くの記事などを自らで注意深く読み自らが取捨選択する必要がある。できれば書き手がどんな人間か知る必要があるし、読者がwhat's true、what's valuableかをキチンと判断できるようになっていくべき
−ブログジャーナリズムの将来は?明るい
−5年後にブログは雑誌を越す存在となっているか?懐疑的。例えば、大して有名ではないけども、15人の熱狂的なファンがいるブログ。それと、世の中的にとにかく有名なブログ。どちらが一読者あたりの価値が高いかというと、その15人にとっては前者のブログのほうが価値が圧倒的に高い。
−雑誌とブログで広告価値が高いのはどちらかというと、明らかに雑誌がしばらくは君臨するだろう
−今までの伝統的メディアも生き残ることを希望する。価値あるものだから。ジャーナリズムはもともと競争の激しいもの。
−ジャーナリストは給料を払ってもらえる限りはその仕事を続けていくだろうし、形は変わったとしてもその使命を全うするために活動をし続けると思う。ただ、既存メディアは変化していくだろう。一例はClassified Adは消えつつある。e-Bayはclassified ad。新聞だけがclasified ad(特に求人情報)を保有した時代に比べると利益率は非常に下がってきている。給料が払えなかったら(企業が利益が出なかったら)、ジャーナリズムを支えるマネーがなくなる。それが心配
−ブログでは、自分の意見に対して「間違っている」という指摘からの方が「正しい」という指摘よりもたくさんのことを学んだ
と、まあ、こんな感じでした。最後の自分のブログでの書き込みに対して「間違っている」という指摘からたくさんを学んだというのは、私も同じだなあ、と思いながら、思わずうんうんとうなずいてしまいました。
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密かにこういう対応力があるかないかは大事だと思ってます。